カナデンの歩み

  1. 明治40年(1907)

    神奈川電気合資会社の誕生

    神奈川電燈の支配人、松田福一郎が旧会社の商事部門の一部を率いて独立し、東京市芝区中門前2丁目1番地(現港区芝大門2丁目)に、神奈川電気合資会社を設立。
    当時の様子は、第2代社長 高森五郎(大正4(1915)年12月入社)によれば次のとおりであった。
    「土地、建物とも質屋からの借り物であった。質屋であった関係で、四囲全部土蔵で、中庭あり、日本間の住居を改造して事務所としていた。

    現芝大門2丁目に置かれた神奈川電気(合)本社事務所
  2. 明治45年/大正元年(1912)

    明治天皇崩御、大正天皇即位

  3. 大正初期

    カナデン発祥の地

    ここに大正初期の横浜青木地区の絵図がある。中央最上部に洲崎大社という字が読み取れるが、正しくは洲崎大神という名で、今も近隣の人々から篤い信仰を集めている。源頼朝が幕府を開く1年前、建久2(1191)年に千葉県一宮の安房神社の霊を移して建立した。洲崎大社の前から掘割に向かって伸びる道を下方に追っていくと掘割に面した一角に「カナ川電灯」の看板を掲げた建物を見て取ることができる。さらに目を凝らせば壁には「電灯」の文字も見られる。

  4. 大正11年(1922)

    三菱電機製扇風機の販売開始

    第1号電動扇風機(12卓上扇)

    大正11年夏、三菱電機株式会社が新製品として扇風機を開発し、三菱商事株式会社経由で販売を開始したところ、爆発的な人気を呼んだ。当社では、東京市内の電気商に対してはもとより、電灯会社・電鉄会社へ大量納入し、販売を依頼した。納入先として、東京では、東京電燈株式会社(現 東京電力)、京浜電鉄株式会社(現 京浜急行電鉄)、京王電軌株式会社、京成電軌株式会社、王子電軌株式会社、地方では長野電鉄株式会社、甲府電力株式会社が挙げられる。
    生産台数は年間約3万台であり、当社の取扱量はその10%、3,000台であった。その後も、この製品はわが国の代表的な扇風機として、国内はもちろん、東南アジア、台湾へも大量に輸出された。

  5. 大正12年(1923)

    関東大震災

  1. 昭和8年(1933)

    一番の主力商品となった三菱モートル

    当時、当社にて常時在庫した主だった商品の内訳は次のとおりである。

    • 三菱電機製品…モートル、扇風機、アレスターなど
    • 寺岡製作所製品…ブラックテープ、ゴムテープ、リノテープ、エンパイヤクロース、エンパイヤペーパー、エンパイヤチューブ、タールドクロス、ワニス
    • 日本マイカ製作所製品…マイカナイトペーパー、フレキシブルマイカナイト、マイカナイトプレート
    • 有沢製作所製品…木綿テープ、ガステープ
    • 日本カーボン製品…モーター用カーボンブラッシュ(一部輸入品)
    • 北越製紙製品…ファイバー板
    昭和初期の当社の製品カタログ
  2. 昭和17年(1942)

    軍需用に工場を新設

    5月、ケーブルヘッド、ジョイントボックス製造のため、埼玉・川口に鋳物工場を新設した。それまでは三重県桑名市の中央度量衡株式会社に下請けを依頼し、芝・浜松町の華陽工業株式会社にて機械加工・組立を行い納入していたが、戦争が拡大するにつれ、資材の輸送が困難になったことから、石川鋳工所(川口市飯塚1丁目1番11号)を買収し、経営者の石川竹盛氏ほか2名を当社に迎えた。初代工場長代理には月橋精三郎が就任し、工員8名で発足した。
    川口工場は、主に海軍関連の業務を行い、19年2月には海軍監督工場に指定された。取引先の内訳は、横須賀(横須賀工廠建築部、第一海軍燃料廠)、呉(呉工廠、広工廠建築部)、佐世保(佐世保工廠経理部、軍需部、建築部)のほか、豊川海軍工廠、光海軍工廠、第一・第二海軍火薬廠、第二・第三海軍燃料廠である。
    機械加工については、舟越鉄工所に下請けを依頼したが、一貫作業の必要に迫られ、機械工場新設を計画した。しかし、なかなか許可が下りず、ようやく18年5月、条件付きで許可された。
    時あたかも日本軍がガダルカナルで撤退を余儀なくされ、スターリングラードの攻防戦においてドイツ軍がソ連軍に大敗北を喫した頃であった。日本はすでに資材不足が深刻化しており、許可は下りたものの肝心の工場建設は進まず、半年後の11月、ようやく竣工の運びとなった。
    なお、この時期から三菱電機世田谷製作所の注文により救命袋の留め金具の製造も手がけるようになった。

  1. 昭和26年(1951)

    株式会社横河電機製作所(現 横河電機株式会社)と大阪支店(現 関西支社)との間で販売代理店契約を締結

  2. 昭和28年(1953)

    NHKテレビ東京地区が本放送を開始。
    日本テレビが本放送を開始。
    三菱電機が無線機製作所を設立。
    →『家庭電化元年』と呼ばれる

  3. 昭和29年(1954)

    NHK大阪・名古屋テレビ開局。
    三菱電機が静岡工場開設。
    三菱電機ルームエアコン『ウインデヤ』発売。

  4. 昭和30年(1955)

    ラジオ東京、テレビ開局。
    下期から『神武景気』始まる。
    家庭電化時代に突入し、テレビ、洗濯機、冷蔵庫が家電”三種の神器”と呼ばれる。

  5. 昭和36年(1961)

    扇風機需要きわめて旺盛。二槽式電気洗濯機登場

  6. 昭和37年(1962)

    テレビ受信契約者数1,000万人を突破、普及率48.5%

  7. 昭和38年(1963)

    東証二部へ上場

    創立56周年にあたるこの年の5月15日、東証二部に上場され、取引開始となる。
    当日は始値235円、売気配、終値207円であった。

  8. 昭和42年(1967)

    社歌の誕生

    社歌の譜面

    創立60周年を記念して全社員から募集。高森芳郎総務部長(当時)の詞が選ばれ、選考委員の池内友次郎東京芸大教授が作曲した。

  9. 昭和42年(1967)

    3C時代(カラーテレビ、クーラー、カー)に突入。

  10. 昭和45年(1970)

    「カナデン」を商標登録

  11. 昭和46年(1971)

    家電部門の営業を分離

    ニクソンショックによる円高と過剰設備の影響で、好調だった家電の売り上げにも次第に陰りが見え始める。
    三菱電機は第二次家電ブームの到来を機に、昭和45年10月から翌46年9月までの間に全国各地に地区販売会社を次々と設立。特定市場、百貨店専門、量販専門の販社を発足させる。
    こうした三菱電機の動きに即応して、当社も家電部門の分離に踏み切り、300名余りを新設会社に移籍。

  12. 昭和46年(1971)

    日本航空電子工業株式会社と特約店契約を締結

  13. 昭和46年(1971)

    米国、ドル防衛措置発表(ニクソンショック)

  14. 昭和53年(1978)

    空前の猛暑によりルームエアコン記録的な需要。

  15. 昭和54年(1979)

    産業用ロボット脚光を浴びる

  1. 平成元年(1989)

    東証一部上場、
    株主に一部上場記念配当金2円

    9月1日、東京証券取引所の指定を受け、宿願の一部上場が決定。昭和38年(1963)5月15日に二部上場して以来26年、一部上場企業を目指し全社を挙げて努力を重ねてきたが、業績の向上とともに資本金の充実や株主の増加、安定配当と株式の売買出来高の増大、さらに事業所の拡大などすべての条件が整った結果、三菱電機代理店のトップを切っての一部上場となった。
    上場当日の始値は1,200円、終値は1,150円であった。
    また、上場記念配当金として2円の増配を実施した。

  2. 平成2年(1990)

    社名変更

    10年程前から社名変更を望む声は上がっていた。これは「神奈川」という特定地域のイメージがあることや、社名変更による採用活動への効果等が期待された。また、当時は企業のCI運動が盛んで個性をアピールした社名に変更する企業が増えていた時代背景と、さらに当社が東証一部上場への指定替えを果たし社会的知名度が高まっており、21世紀に望み新たな飛躍と信頼度のより高い企業イメージの確立を目指して、10月1日、社名を「株式会社カナデン」に変更し、新たなスタートを切った。

    KECロゴ
  3. 平成2年(1990)

    新生カナデンの社歌公募

    昭和42年に全社員公募により誕生した社歌は、この年、「新生カナデン」の誕生を記念して公募された。
    小田桐康夫電子営業本部副本部長(当時)作詞、作曲家の山中紀晶による新しい社歌は、親しみやすいメロディが好評で今も歌い継がれている。

  4. 平成3年(1991)

    香港、シンガポールに現地法人子会社を設立

  5. 平成14年(2002)

    中国(上海)に現地法人子会社を設立

  6. 平成19年(2007)

    創立100周年

  7. 平成20年(2008)

    ブランドロゴ制定

  8. 平成20年(2008)

    カナデングループ理念の制定

  9. 平成22年(2010)

    中国深圳に中国(上海)現地法人の
    分公司を開設

  10. 平成23年(2011)

    中国天津に中国(上海)現地法人の
    分公司を開設

  11. 平成25年(2013)

    タイに現地法人合弁会社を設立

  1. 令和元年(2019)

    東京都中央区晴海に本社を移転

  2. 令和元年(2019)

    ベトナムに現地法人子会社を設立

次の年代を見る